Scene 03



―――気が付いたら知らない場所に立たされており、訳も分からぬ内に殺し合いを強要され、
流されるままにデイパックを手渡され、勝手に順番を決められたかと思えば、為すがままに出口を指定され、
そして今ここに立っている。
彼は殺助ー改の死を目の当たりにしても、kenが殺し合いに対して異様な程の参加する意欲を見せても、
今一つ緊張感も現実味も持てないでいた。
思えば今まで幾多もの修羅場を切り抜けて来たが、その時も今と同様な気持ちだったような気がする。
良く言えばマイペース、悪く言えば何事にもヤル気を見出せない気質の様である。
本来、悪いと言われる彼の目付きも、こうヤル気が出ていない時は、どこか間の抜けた印象を受ける。

「あ〜・・・・・・マンドクセー」

最早仲間内では誰もが知っている口癖を彼は呟いて、これからについて思案する。
とは言え彼にとっては、この予期せぬ出来事も所詮は面倒な日常の延長線上でしかない。

「しょうがねぇな・・・・・・特にすることも無いしヤルか」

気だるそうに呟いて、参加の決意を口にする。
わざわざ口にするのは、言う事によって僅かでも自分の気が乗ればと言う気持ちからだが、
実際に気が乗った例(ためし)が無い。
心も体も普段通りのヤル気のなさ。
けれど彼はこれでも、A2の世界では名の知れたパイロット。
特徴的な蒼鈍色の外套を纏い。
数々の戦友と、歴戦の功績を築き上げ、
ヤル気のなさとは反比例に、常に最強を目指すその漢。
その名は『オリバーカーン!』。
ダラダラとした歩みには、それとは全く違った雰囲気を醸し出し、山道から森の中へと消えて行く。
思い立ったが様に「さてと、誰から殺ろうかな」と言い放ち、彼は森の奥深くへと消えていった。



スタートから間もなくして、マークはゲームに乗るか反るかを悩んでいた。
A2においてそれ程の力を持っていなかった自分は、
(生身の自分にもそれ程の力は無いのでは?)と言う疑念を抱いていた。
管理人サイドから配られたデイパックの中には、一応武器も入っていたが、
『KHi-Bジェットナックル』と言う点も悩みを増幅させている一因だった。
(せめて武器が射撃武器だったのなら……)
別に自分自身、ジェットナックルが苦手とか嫌いと言うことはないのだが、
殺し合いと言うこのゲームの性質上、白兵武器より射撃武器の方が生存率が遥かに高いだろう。
何せこのジェットナックルで人を殺すには、相当近づかないとならない。
それに相手が射撃武器だったなら、よっぽどの相手と出会わない限り、先に殺されてしまうだろう。
やはりこの武器では心許無い、それならば誰かを不意打ちで襲って、射撃武器を手に入れた方がいいのだろうか?
しかしそれを実行するためには、どうしても近付かなければならない・・・・・・
そうこうと中々まとまらない悩みを考えている間に、前方から声が聞えてハッと我に返る。

「あ〜・・・・・・マンドクセー」

その声の主をマークは知っていた。
A2の世界において、彼の名前を知らないものはまず居ないだろう。
そして、彼の声を聞いた事によってマークは安堵した。
(そうだ!彼らが居るじゃないか!幾らFがこんな馬鹿げた殺し合いを命じても、彼にPS2、
 それに一番始めに出て行ったクレスト達が、Fに対抗してこんな殺し合いを終わらせてくれる!
 kenを含めた数人が殺る気になっていても、彼らに任せていれば自分は助かるかも知れない!)
そう悠々と自分が生存出来る道を見出し、一人顔が綻んでいる所に思わぬ言葉が飛び込み、
甘い考えを真正面から否定される。

「しょうがねぇな・・・・・・特にすることも無いしヤルか」

思わず驚き声が漏れそうになった口を両手で塞いで、出来るだけ落ち着いて考える事に勤める。

(ヤルって何をヤルんだ……?この場合殺し合いを?なら誰を殺す??F?それとも・・・・・・)

予期もしていなかった彼の発言だったが、アレだけの言葉じゃ明確な結論は出ていない。
もしかしたら、予想通りFを殺すのかもしれない。
一類の望みを抱き、彼の後を付け始めたマークだったが、
歩き出し、山道から森へと入って間もなくして「さてと、誰から殺ろうかな」と言う彼の言葉で、
完全なる結論が出てしまった。

―――誰から?管理人サイドを殺るなら間違いなくFからだ そんな言葉を使わない・・・・・・)

そこまで思考してマークは、今一番自分が命の危険に晒される可能性が高い事に気付いた。

(それなら・・・・・・何もせずに狩られるぐらいなら俺から先に狩ってやる!)

頭に血が上って冷静さを欠いたのであろう、その結論は余りにも短絡的過ぎた。
生身同士とは言え、彼とマークの力の差は明白だった。
その事にも気付かずに、マークはジェットナックルを両腕に装着して、森へと消えていったオリバーカーン!を追って行った。



ゲームに乗ることを決めて山道から脇にある森へと入って間もなくして、後ろから人の気配を感じていた。

―――誰かに付けられているのか?)

後方から視線を感じ足を止める。
付けられている事自体は、あまり不思議な事ではない。
スタートしてからつい先刻まで、身を隠そうとも一切せずに堂々と山道を歩いてたのだから、
誰にとってでもオリバーを発見するのは容易だった事だろう。
発見した者の中にはオリバーを見て、逃げる者も居れば付ける者も居るはずだ。

(何時から付けられていたのかは知らないが・・・・・・後ろに付き纏われるのは気分が良くないな。
 それに不意打ちで襲われるのは、幾ら俺でも危うい。
 何せ支給武器がラピスラズリだったからな)

そう、オリバーに配られたデイパックに入っていた支給武器は、武器とはとても呼べる代物じゃなかった。
始めにデイパックを開けて、ラピスラズリを取り出したオリバーは、
(これで幸運を祈れってか?)などと考えたぐらいだ。
その後、もう一度デイパックの中を探してみたが、結局支給されていたのはラピスラズリだけであった。
そんな訳で、現在オリバ―カーン!が武器として使用出来そうな物は己の拳しかなく、不意打ちでもかまされたら 反撃なんて出来ずに命を絶つことに成り兼ねない。
幾ら何事にもやる気の無いオリバーも、生きることを放棄するような事は無いので、死ぬのは勘弁だった。

(不意打ちされるよりは、自ら真っ向で挑んだ方が勝率は高いだろうな)

そう思うや否や、止めていた足を動かし回れ右をして纏っていた外套を脇に脱ぎ下ろし、後方に居るであろう相手を見据えて立ちつくす事を選んだ。



オリバーの後を追い、森の中に入って行ったマークはすぐさま異変に気付く。
前方に微かに聞えていたオリバーの足音が完全に消失したのである。

(・・・・・・まさか気付かれた?)

とっさに銃の攻撃を恐れ、身を翻したが待っても何も起こる気配は無い。
不思議に思いつつも体勢を立て直し、警戒を強めながらも、オリバーの居るであろう場所に歩みを再開した。



足を止めて正面の茂みに向かい合ってから1分ちょっとが立った時、相手の気配を強く感じ目を開けると、
向うの茂みからマークが顔を覗かせた。
マーク自身は少し前から気付いていたようだが、精神集中を兼ねて目を瞑っていたオリバーには誰かまでは分らなかった。
目を瞑ってはいたが、あの状態で銃弾を浴びせられても避ける事が可能だろう。
自分を周囲と、あたかも同化しているかのように気配を合わせ、呼吸をゆっくりと深く浅くを繰り返し、全神経を収集し集中する。
これも、実際A2で戦場に向かう時にやっていることだ。
故に信頼性は極めて高い。
その行為の甲斐も在って、今は見えているマークに攻撃意思こそあれ、今すぐに攻撃すると言う感じではなかった。
両者が正面から対峙する形となった、その距離約3メートル。
オリバーカーン!は特別表情はなく相手を黙って見つめている、両手に武器は何もなく、あるのは左手にぶら提げたデイパックだけだが、
目には緊張も恐怖も覇気も怒気も憂いもなく構えも取っていない。
マークは目に闘志を宿しオリバーを睨んでいる、両手にはジェットナックルを装着し、
目には緊張も恐怖も覇気も怒気も含んでいるが、攻撃には躊躇している。
そのまま対峙していても、時間の無駄だと判断したオリバーは

「ヤルなら早くやろうや、マンドクセーが相手をしてやるよ」

とマークを挑発してから、左手に持っていたデイパックを振りまわした。
マークは予想外の攻撃をされ、慌ててバックステップを踏んで構えなおすと、オリバーに思っていたことをぶつけた。

「アンタはこのゲームに乗ったのか!?管理人の糞野郎をブッ倒して皆で助かろうとは思わないのか!!」

対してオリバーは、どうでもいいと言わんばかりの表情を浮かべてマークの質問に答える。

「俺にとってこの殺し合いもただ面倒な出来事の一つだ、参加者を全滅させれば良いと言うルールらしいからそれに従うだけだ。
 管理人を倒すよりそっちの方が楽そうだろ?それともお前、管理人の居場所を知っているのか?」

マークが答えあぐねていると、「どっちが楽か、ハッキリしたな」と言ってマークとの間合いを詰める。
オリバーは既に完全にゲームに乗っていると判断したマークは、手早くデイパックを後ろに投げ捨て、オリバーを待ち受ける。
何処かに在った、他人に縋った希望を完全に捨てた為か、間合いを詰めてくるオリバーに対して冷静に判断し、素早く左へとサイドステップを踏み、間合いを保った。
が、その行動を読んでいたかのように、デイパックを振りまわしてきたオリバーカーン!の攻撃を交わしきれず、
左手でガードするも、予想外に重い衝撃にバランスを崩してよろめく。
その瞬間マークは無防備状態になり、その隙にオリバーは間合いを詰め、腹に1発重い一撃をお見舞いした。
「ぐぇ」という自分の意思とは関係なく発された声と共に、マークは膝が地面に落ち、右手は条件反射の如く、殴られた腹部に当てがられる。
更に砕け落ちたマーク目掛けて左膝を放とうとしたが、ここに来て武器の無さが響く。
腹に一撃を食らって膝から落ちたマークだが、これしきの事で心は折れず、
咄嗟に腕に嵌めた左手のジェットナックルを発動し、オリバーの追撃を防ぐ事に成功した。
一方オリバーは咄嗟に身を翻し、その一撃を避けるも、
発動時の衝撃により、弾き飛ばされ、一度マークと距離を取らざるを得ない形となった。



―――思ったより腹への一撃が大きく、まともに構えることは出来なくなっていたが、ここで隙を見せればどの道命は無いだろう。

(オリバーはどうやら武器は持っていないようだが・・・・・・やはり生身でも充分強い)

悔しい事にマークはジェットナックルを装備していても、白兵戦は身体能力と経験が物を言う。
A2では誰もが恐れる実力の持ち主と自分とでは明らかな差があった。

(次の攻撃で倒せなければ多分・・・・・・)

暗い未来が過ぎったがその考えを振り払い、オリバーに向かって駆け出した。



眼前に猛然と迫ってくるマークをオリバーは、ゆっくりとした動作で向かい合った。
凡そ3メートルの処でマークは右へステップを踏み、地面に対して左手のジェットナックルを放つ。
地面が爆ぜ、オリバーに襲いかかるが、オリバーはデイパックを盾にしながら右にステップを踏む。
続けざまにもう一度地面に拳を叩きつけて地面を爆ぜさせ、オリバーの退路を断つとそのまま一気に詰め寄った。
後ろには木を背負い、右には飛礫が、左には土煙が巻きあがり正面にはマークを迎える、と言う傍から見て十分に危機的状況に陥っているオリバーだが、
顔に焦りの色は無く、そこには何時も通りの表情を浮かべていた、勿論ヤル気も何も無い何時もの表情だ。

「オリバァァァ!!これで終わりだぁぁぁ!!」

雄叫びに近い叫びを上げながら、マークは渾身の右を放ってくる。
オリバーはデイパックを空手の板割りの要領で構え、マークの右ストレートに合わせる。
デイパックはマーク自身踏み込んだ右ストレートと、それに合わせたジェットナックルの強力な推進力とが合わさって、マークの腕に突き刺さる形となる。
マークはデイパックにより一瞬オリバーを視界から完全に逃し、
これを狙っていたオリバーは、その隙に柔道の前回り受身の要領で、マークの後方へと素早く回り込む。
回り込んでオリバーが体勢を整えようとした瞬間、マークが勢い余って前に倒れこむ瞬間、2つの爆発音が響き渡った。
一つは左後方から、そしてもう一つは直ぐ後方のマークからだった。



何が起こったのかは、オリバーにすら分らなかった。
ただ分る事はマークの右腕と首が飛び、更には体の右半身が鳩尾の辺りまで抉れ体の内部を覗かせており、既に命は絶っていた。
その光景は凄惨たるものがあるが、その元凶が先の爆発で起こったのだと、容易に想像が付く。

「……デイパックが爆破? はははは、管理人め面白いところに仕掛けを仕込んでいたな」

言ってから、珍しく表情を見せ「後1秒でも遅れていたら死んでたな」と神妙な顔で呟いた。
ただ表情とは裏腹に、その声は普段通り抑揚のあまりない声ではあったが、オリバーにしては珍しい事だった。
「さてと」と言って、マークの左腕からジェットナックルを取りだし、自分に装着をする。
もう一方のジェットナックルは、爆発で弾け飛んだ右腕と共に、マークの体から幾分離れた場所に転がっていた。
こっちは爆発の影響により、イカレている様で使い物にならなかったが、素手よりは若干強いだろうと思い右腕に装着をした。
「さぁて、マンドクセーけど行くかな」と言って、戦闘中に脱いでいた蒼鈍色の外套を拾い上げ何時ものように纏い、
気ままに歩き出すと、足元にあった石で軽く躓く。
よく見るとそれは、オリバーに支給されたラピスラズリであった。
(ラピスラズリ?まさかこの石の御陰で爆発を逃れたとか……まさか、な)
そう思いながらもラピスラズリを拾い上げ、左胸のポケットにしまい込んだのだった。
【マーク 死亡】
【オリバーカーン! ジェットナックル装備(左手のみ作動)】




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