Scene 05



「あー、陽射しが眩しいな」

木々から差し込む陽気な太陽の光に、思わず目を細める。
ここは南国極楽?それとも何処かのリゾート地?
だったらどんなに嬉しいか。

ここは海じゃない山の中。
それなら山登り?それともハイキング?
良いよね、忙しい日常を忘れられて。
あー、ほら。
小鳥やリスも寄ってきて私に近寄ってくる。
小鳥は私に乗っかり、リスはドングリを追いかけている。
目の前で繰り広げられる光景はなんとも和む。
でも、そうじゃない。
ここは全く知らない山の中。
ハイキングでもなんでもないの。
この際もう切腹する?
何かの書物でサムライの習慣だって読んだ事がある。
なんでも短刀でお腹を切り裂くとか、
あー、私もそうしよっかな。
痛いのはきっと初めだけだよね?
……そうだよね?
あー、でもダメだ。
短刀持ってないや、それに……。
ちょっと待って、少し落ち着こうよ私。
冷静に考えよう、私は誰?
カレン。
そうカレン、戦場に咲く可憐な一輪の華なのよ!
あー、やっぱりダメだ……。
もう、良いや。
なんだか心地良いし、このまま寝ちゃおっかな……。
陽射しは温かいのに体はひんやりしてて、お昼寝には最適だよね♪
でも寝るにしては体勢が良くないわ、何て言うか立ち寝……?
気にしなければそれでも良いんだけどね。
どうせこの際、寝ようが寝なかろうが何も変わりそうにもないし。
あぁー、首もズキズキしてるし、
本当にもうなんか、どうでも良いや。
誰か来てくれないかな……。
でも来てくれても困るか、こんな状態だし……。

はぁ……どうして私、土に埋まってるんだろう……?
死なずに済んだのは良いけど、この仕打ちは何?
死んでしまった方がむしろ良かったように思えるのは気のせい?
首だけ地面から生えてるって、私は新種のキノコだろうか?

学名:Cogito ergo sarasikubi Kren(我思うゆえにさらし首)
和名:カレンアタマダケ
発生:本人の気付かない間に埋められて、遠目ではキノコのように見える。季節は選ばない。
特徴:気付いたら埋められていたので、本人が一番状況理解できずパニクっている。
   その為かどうかは定かではないが口調に統一性がない。
   不食、食べると危険。
   特に発生直後に近寄ると毒舌と自分でも意味の分からない言葉を吐く事で有名。

って嫌過ぎる……。
なんで私がこんな惨めな思いをしなければ成らないのでしょうか?
それもこれも、私を襲った方が全ていけないのです!
なのにどうして?
私を襲ったであろうお方は、私の近くで横たわってピクリとも動かないんでしょうか?
詳しくは見えませんが、顔が青紫色しているのは何故でしょうね?
……不思議ですわ。



―――時間は少し遡る。
既にスタートからは幾分の時間が経過しており、 この殺し合いを、どうやって終わらせるかを歩きながら考えていた。
腕にはどうやってデイパックに詰め込んだのか全く分からない、DDR120ツインドリルが嵌められている。
実際取り出した後、詰め込んでみようと試みたが、ドリルがあまりにも大き過ぎてデイパックには半分も収まらないサイズである。
それが一つじゃなく二つも。
捨てるわけにもいかないので装着をしているが、どう見てもとんでもなく不恰好にしか見えない。
しかもサイズが合わない、腕に装着しているものの、フィット感がまるでなく、ブカブカな付け心地を呈している。
これは最近、食生活が厳しかった現れなのだろうか?
デイパックは襷掛け(たすきがけ)にしているが、ドリルと相俟って歩きにくい。
はっきり言って大ハズレな武器だと思う。
ドリル自体も見た目ほどは重くはないものの、女の力ではそれを自由に扱うだけの力はない。
一つを両手で使うのならまだしも、両手で二つを使うと男でも辛いんじゃないだろうか?
この際片方捨てて行っても良いのだが、誰かに使用されて悪用されると思うと、とても捨てる気にはなれない。
そんなドリルの所為で、本来はこの殺し合いを終わらせる事を真剣に考える必要があるのに、
どうしても気が途切れがちになってしまう。

(あー、もう、なんでこんな武器が当たったんだろう……。
 せめてドリルじゃなきゃ、もう少し真剣に考えれたのに……。)

とは言っても、得意の砲撃武器以外が当たっている時点で愚痴っているだろうし、
砲撃武器なら砲撃武器で、重すぎて文句を言う事は間違いないので、
結局のところ何が当たっても一緒のように思える。
そりゃ、幾ら砲撃武器が好きだからと言っても、普段A2で持っているので重量なんて感じやしないが、
自分が持つとなるとダイレクトに負荷が掛かるので、幾ら砲撃武器好きとしても愛せないのだ。
更に今は嫌いな白兵武器で、重いとなれば尚更愛せないのは仕方が無い事なのだ。
でもまぁ、ただ単にドリルだから愛せないだけな気もするが……。

そのまま不平不満を思いつつも、取りあえずは森を抜けるため北方へ延びる山道を歩いてる。
歩くたびに挫けそうになるが、何度も小休憩を挟みながらゆっくりとではあるが進んでいく。
ドリルを両手につけながら休んでいるカレンの姿は、想像するより悲惨な状態になっている。
ドリルの重量と大きさのお陰で、姿勢が『これ』しか取れない。
『これ』を分かりやすく喩えるならゾンビのような状態が、正に『これ』だろう。
体を前方に折り曲げて、腕をだらしなく垂らし、フラフラ体を揺らしながら歩いてくる。
カレン自体は歩いていない以外は、大体雰囲気はそんな感じの状態で。
体は前傾姿勢になり、腕も力なく垂れ下げ、ドリルの先端を地面に突き刺し、
足は蟹股で、顔とは言わず全身に汗をかいている。
普段のカレンの面影は何処へやら、すっかり見る影もあったもんじゃない。
疲労の所為か顔もやや空ろに見える。

(うぅ……どうして私がこんなことに……)

半ば涙目を浮かべながらそんなことを思う。
今も本来なら危険な山道など歩きたくは無いのだが、ドリルを持ってでは、
草木が生い茂っている森の中では行動が取れそうも無いのだ。
一度脇に逸れては見たが、ものの見事にドリルが木にぶつかり行く手を阻まれてしまった。
そう言った理由で危険な山道を下っているのだが、不思議とここまで誰とも出会っていない。
案外森に身を潜めるのを断念した時に自分を納得させた考えが、的中しているのかもしれない。

『普通は目に付く山道は誰も通らない、皆は森の中を移動するはず。
 だから山道は誰も通らないから安全なんだ』

と言った考えである。
実際問題は先にオリバーカーン!が堂々と山道を歩いていた事例が在るのだが、そんなことはカレンの知ることでは無いので、
今のところはこの考えも、大外れと言うわけでは無いだろう。
しかし、世の中はそんなに都合良く行く訳もなく、どちらかと言うと今日の運勢は悪いカレンなので、
当然そんな甘い考えが何時までも通用するわけもない。

突如『がさっ』と言う草が擦れる音と共に、人の気配を感じる。
それはカレンにとって後方。
つまり既に通り過ぎたはずの地点からの音である。

「!?」

集中をしていたつもりだったが、休憩中で気を緩めていた所為か、
はたまたドリルの重量の所為で気が散っていたのか、何にしても大きなミスを犯していた。
身の危険を感じ振り向こうとするが、ドリルを地面に突き刺していたため、腕がついてこず振り向けない。
尚且つ、体勢が悪かった所為か腰が悲鳴をあげ、体にも力が入らない。
そうこうしている内にシュッと言う風切り音が聞こえたかと思うと、あっと言う間に意識を失った。



―――俺はフェミニストだ。女は殺せない。
握り締めているのはLB8ハンドガン。小型だが当たり所によれば、殺傷能力は充分にある。
が、撃つ事はしない。
これが男なら迷わず後ろからズドンだ。
でも相手は女だ。ここで殺せば俺の美学に反する。
俺のモットーは『他人に厳しく、自分に優しい』だが、付け加えて『女にも甘い』。
と言うか、女の前では常に紳士だ。
だからこの目の前で失神している女は殺すことが出来ない。
さて、どうしたものか……。
ん?良く見るとこの女。いや、お嬢さんお手手に素敵な物を付けているじゃないか。
これならイケる。
うつ伏せに倒れているお嬢さんを仰向けにさせ、手からドリルを外す。
一先ずお嬢さんを木陰に寄りかからせ、お嬢さんから拝借したドリルを手につけると、
妙な湿り気がフィット感を生み、悪くない付け心地だ。
重さも悪くない。これも日頃のプロテインのお陰だろう。

山道の真ん中に陣取りドリルを起動させる。
『ウィィィーン』とモーター音が鳴り響き、ドリルが高速に回転をする。
そのままドリルを地面に付け、地面を掘り始める。
ドリルは軽快に地面を掘る。
直径1メートル、深さ30cmまで掘り進む。
これじゃまだ足りない。
更に掘り進む。
深さは1メートルを越えようとしていた。
ここまで掘り進んで分かったのだが、これは思ったより重労働だ。
持病の発作が起きたら洒落にならない。とっとと終わらせよう。
開始から30分してようやく、160cm弱の穴が掘りあがった。
これだけの深さがあれば十分だろう。
ドリルを先に上に上げ、俺も上に上がる。
額の汗を拭い、一息つく。
ふぅ……なかなか良い汗をかけた。が、まだ終わりじゃない。
木陰で今も気を失っているお嬢さんを担ぎ上げ。
穴の中に放り投げ……てはいけない。そんなことをしてしまったら死んでしまう。
掘った穴の淵に持たれかけるように立たせ、土を被せて行く。
スコップでもあれば楽なのだが、ないので勿論手作業だ。
「エッサホイサ、エッサホイサ」と軽快なリズムとは裏腹に疲労はピークに達しつつある。
既に両手はダルイ。
呼吸も肩で息をしながらも、何とか埋めることに成功して、見事に生首の完成だ。
別に俺にはそんな趣味はない。
これは言い換えれば俺の溢れんばかりの優しさの現われだろう。
なんと紳士なことか!
さて、これ以上長居してはお嬢さんが起きてしまう。
本来は借りるつもりであったドリルだが、親近感が沸いてしまったので貰って行くよ。
再びドリルに手を通すと、始め付けた時よりも中はベチョべチョだった。
あぁ、初めの時の方が良かったな。
不埒な考えが過ぎるが、気にしない。
ドリルを両手に装着し終え、お嬢さんに別れを告げると、突然急に胸が苦しくなる。
発作だ。タイミングが悪すぎる。
ウッ……と右手で胸を押さえようにもドリルがある所為で上手く押さえられない。
ウガッ……より苦しくなり足元も覚束ない。
フラフラと後ろによろめき、足が縺れて転倒してしまう。
転倒しまった時に、仰向けになってしまったのが迂闊だった。
倒れた衝撃と、右胸に当てていたドリルの重さで肺を圧迫され呼吸が出来ない。
右手を動かそうにも疲労の所為で最早ピクリとも動かない。
左手も全く同じだ。
まずい……発作の苦しさがどんどん薄れていっている。
アドレナリンがどんどん分泌されてる気分だ。
あぁ、なんかとっても気持ちが良い。
そして、とうとう意識を失ってしまった……。



―――それで気が付いたらこの様。
埋まってる。土の中に。
しかも、ただ埋まっているだけじゃない。
全身がずっぽり埋まってる。
まるで大根が最大限に成長したかのように。
上はキノコ、下は大根、やった新種の野菜だよ。
って、私は大根足じゃないよ!スラリと細いのが魅力なの!美脚なの!
大体、普通埋めるなら体育座りで、浅めに埋めるんだよ!
なんで縦にずっぽりなのよ!
それに、顔だけ外に曝しているのは、どう言う趣味なの?
そして、どうしてガリクソンさんはドリルを両腕に嵌めたまま仰向けに倒れているの?
そんな貴方の呼び名はこれから「ドリクソン」で決定ですわ。
なんか昔、私の家に居た執事のセバスチャンみたい。
執事ドリクソン、ドリルを胸の上においた状態で苦しくないの?顔は青紫色なのに大丈夫?
でも今は、ちょっと危なそうなドリクソンはどうでも良いの。
私を襲ったのは多分ドリクソンなんだし。
じゃなければ、私のドリルを装着している理由が無いもの。
問題はどうやってここから抜け出せばいいの?
誰か助けにここに来て!
出来れば白馬に乗った王子様が良いわ!
なんて都合良く来てくれないよね。
それに普通に考えたら、人来た時点で私は殺されるよね。
死んだフリでもすればいいのかな?
そうすると殺されないけど、一生埋まったままだよね。
あれ?そうすると私はキノコ?

学名:Cogito ergo sarasikubi Kren(我思うゆえにさらし首)
和名:カレンアタマダケ
発生:本人の―――

ってもう良いよ……。
ならドリクソンが目を覚ませば助かるのかしら?
埋めた本人が掘り返すわけ無いか。
でもせめて埋めた理由は聞きたいな、首だけ残して埋めた理由が。
やっぱり趣味なのかな?
そんなんだったら変態だよね……。
て、うわー……。
ドリクソン口から泡吹いてるよ、顔色もさっきより悪化してるし。
あれ?これってひょっとかしてもうダメって事じゃない?
ぇ?何?私このまま死亡?
何死亡?皮下脂肪?体内脂肪?
あぁ……またドツボに嵌っていく……。
もういい、これは夢なのよ。
きっと眼が覚めたら私は何時も通り、ベッドの上で目を覚ますのさ。
そんな訳で、皆さんおやすみなさい。
【ガリクソン 死亡】




BACK